那珂川町の城館
名称(別名) | 概要 | 備考 |
---|---|---|
上郷要害城 (上郷隆崖城) |
大山田氏の支城と思われる。 | - |
広瀬城 (玄蕃ヶ城) (城の台) |
永禄10年(1567)頃、大金備後が築城。 | - |
梅ヶ平館 (梅ヶ平城) |
大金氏累代の拠点 | - |
下郷要害城 (下郷隆崖城) (城山) |
永禄年間(1558〜70)頃、武茂初代泰宗の子孫、泰景(大山田左京亮)が築城、佐竹義宣に滅ぼされ廃城と伝わる。 | - |
武茂城 | 正応・永仁(1288〜99)の頃、宇都宮景綱三男(武茂)泰宗が築城したと伝わる。 応永14年(1407)宇都宮氏本家を継いで一時絶えたが、永正3年(1506)芳賀成高の子正綱が再興し代々続く。 |
町指定史跡 |
松野北城 (館の山) (松野城) |
鎌倉時代に宇都宮氏支族八田(松野)業義の築城と伝わる。 慶長7年(1602)佐竹氏の転封にともない廃城。 遺構は綺麗に残っています。 |
- |
畑の台館 (台館) |
南北朝に大関氏が築いたと伝わる。 松野(八田)氏が初期に利用した館と考えられ、現在畑になっているもののその形状はわかります。 |
- |
松野南城 (長者屋敷) (根古屋) |
松野北城と対になっており、共に松野氏の拠点となったお城。 こちらも綺麗に遺構が残っています。 |
- |
浄法寺館 (み城) |
那須しの支族、浄法寺氏が築き代々住したと伝わる。 後、大関氏に仕え文禄・慶長(1592〜1615)の頃廃した。 |
町指定史跡 |
苅田城 | 苅田左衛門の城と伝わる。 | - |
上ノ原館 (城之内) (ゆうげの城) |
- | - |
三輪館 (御城) |
片平氏が築いたと伝わる。 | - |
後城館 | - | - |
戸田城 (要害城) |
築城者・時期不明。 江戸初期に内田氏、笠井氏が継ぎ、江戸中期戸田氏が住したと伝わる。 |
町指定史跡 |
神田城 | 那須氏の祖、貞信(資家)の築城と伝わる那須氏初期の拠点。 現在民家及び水田となっているが、高い土塁と一部堀が残っている。 |
県指定史跡 |
片平城 | 仁治年間(1240〜43)那須資隆八男(堅田)義隆が築城、片平氏を名乗り代々拠点とした。 元亀元年(1570)武茂宗綱に攻められ落城と伝わる。 |
町指定史跡 |
谷田城 | - | - |
大久保城 | 永仁の頃(1293〜99)那須資清が築き、金丸氏末裔大久保氏がが住し、白久氏に移ったと伝わる。 | 町指定史跡 |
report:minaka 参考資料
作成日:2003/12/30 最終改訂日:2009/10/22