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下野市の城館

名称(別名) 概要 備考
薬師寺城 寛喜年中(1229〜32)小山朝村が築城
小山氏一門、薬師寺氏の城
慶長2年(1597)まで存続したと云われる。
遺構はそれ程残っていません。
坪山城 正応2年(1289)下条民部太夫重慶が築城
嘉吉元年(1441)まで存続したと伝えられる。
児山城 児山(多功)朝定が建武年間(1334〜37)に築城し、永禄元年(1558)上杉謙信が多功城を攻めた際、城主児山兼朝が討ち死にし廃城になったと伝わる。
遺構の残存状態はかなり良いです。
県指定史跡
大光寺城 -
館の内 -
箕輪城 寛正三年(1462)十月初めに小山高朝が築いたとも、壬生胤業が築城したとも伝わる。
方形の主郭部分は割りと良好に残っています。
古館 小字名から中世武士の館跡と考えられていましたが、発掘調査の結果どうやら違うらしい事がわかりました。

report:minaka  参考資料
作成日:2003/12/13  最終改訂日:2009/09/29